表紙 前文 程順則 程摶萬 蔡温 蔡鐸 曽益 周新命 蔡文溥 蔡肇功
蔡肇功(さいちょうこう)
游鼓山(二首)其一
十里松陰一路幽
層層雲気眼中収
風鳴石鼓千峯響
水湧銀涛万壑秋
山鹿何心眠野寺
海門無際渺滄州
登臨尽是思郷景
極目中山起百憂
鼓山(コザン)に游ぶ(二首)其の二
十里の松の陰は一つの路となり幽(ひっそ)りとして
層(いくつ)にも層(かさ)なる雲の気が眼(め)の中に収まる
風は石鼓(セッコ)を鳴らして千の峯(みね)が響き
水は銀の涛(なみ)を湧(わ)かして万(すべて)の壑(たに)は秋
山の鹿は何を心(おも)って野の寺に眠る
海の門は際(かぎり)無く渺(はてしな)い滄(あお)い州(しま)
登って臨み是(これ)に尽きるのは郷(ふるさと)の景(けしき)を思うこと
目を極めれば中山(おきなわ)が百の憂(うれ)いを起こす
望人不来
盻望伊人処
遥聞一笑声
往来猶不似
感慨豈能平
窓裏蘭空満
炉中茗自清
莫為寒路遠
随意出高城
人を望んでも来ない
盻(にら)んで望む伊(あ)の人の処(ところ)
遥かに聞く一つの笑い声
往来には猶(なお)似ているひとが不(い)ない
感慨にふけるが豈(どうし)ても能(ふつう)に平(おだやか)ではない
窓(いえ)の裏(なか)には蘭(らん)が空しく満ちて
炉中(いろり)には茗(おちゃ)が自(なんと)も清(こうばし)い
為(いいわけ)莫(し)ないでください路が寒くて遠いと
意(きもち)の随(まま)に高(あなた)の城(おうち)を出てください
歳旦
日月如梭瞬息移
看来春色尚参差
堤辺嫩柳含烟翠
窓外薫風送暖奇
黄鳥媚欺琴瑟和
白梅嬌奪美人姿
斯時有興全難尽
載酒盤桓趣在詩
歳の旦(はじめ)
日月は梭(ひ)の如(よう)にあるいは瞬(まばたき)や息のように移(すぎ)て
看(み)て来(い)る春の色(けきし)は尚(まだ)参差(まばら)である
堤の辺(あた)りの嫩(やわらか)い柳は翠(みどり)の烟(かすみ)を含み
窓の外の薫(かお)る風は暖(あたたかさ)を送って奇(きもち)がいい
黄鳥(うぐいす)は媚(こ)びて琴瑟(こと)の和に欺(あわ)せ
白梅(しらうめ)は嬌(なまめか)しく美人の姿を奪う
斯(こ)の時に興(あじわい)が有って全ては尽すことが難しい
酒を載(も)って盤桓(さまよ)うが趣(おもむき)は詩に在る
朝霧
朝霧満天地
濛然意欲迷
鳥啼不見樹
色色連空斉
朝霧(あさぎり)
朝の霧が天(そら)と地に満ちる
濛然(うすぐら)くて意(こころ)が迷い欲(そう)だ
鳥は啼くが樹(き)は見えない
色(すべて)の色は空に連なって斉(おなじ)である
寒窓独坐
寒窓多寂寞
翹首望長空
雲起遠山白
風飄疎葉紅
頻吟愁不已
漫酌興無窮
日暮人来少
勿聞雨落桐
寒い窓(いえ)に独り坐(すわ)る
寒い窓(いえ)は寂寞(さびしさ)が多く
首(あたま)を翹(あ)げて長(とお)くの空を望む
雲が起きて遠くの山は白く
風が飄(ひるがえ)って疎(まばら)な葉は紅(あか)い
頻(しき)りに吟(うた)うが愁(うれ)いは已(や)まず
漫(そぞ)ろに酌(く)むと興(おもむき)は窮まりが無い
日が暮れて人が来るのは少なく
忽(たちま)ち聞く雨が桐に落ちるのを
雨中思帰
無端客邸雨濛濛
山色参差半混空
最恨深林鶯百囀
依稀声似故郷中
雨の中で帰ることを思う
無端(たいくつ)な客(たび)の邸(やど)で雨が濛濛(うすぐら)い
山の色は参差(ぼんやり)として半ばは空に混じっている
最も恨(なや)むのは深い林で鶯が百(なんど)も囀(さえず)ること
依稀(まる)で声が似ている故郷(ふるさと)の中にいるのと
秋日薄暮
薄暮捲書兀坐時
無辺残景勝淒其
幸逢客子来敲句
無限幽情只寄詩
秋の日の薄暮れ
薄暮れに書を捲(と)じて兀(じっ)と坐(すわ)る時
辺(かぎ)り無い残景(ふうけい)は淒(さび)しさが其(なお)勝(つの)る
幸いにも客子(きゃく)に逢って句を来敲(ねりなお)す
幽(おくゆか)しい情(こころ)は限りが無く只(それ)を詩に寄せる
中秋詠月
丹桂飄香入夜清
金風凛凛払高城
近看螺髻含烟暗
遥聴鯨波拍岸鳴
雁避秋寒渾有意
月浮天外却無情
敲詩難了今宵趣
点綴還須藉麹生
中秋に月を詠(うた)う
丹(あか)い桂(かつら)は香りを飄(ひるがえ)して夜に入って清(すがすが)しく
金のような風は凛凛(ひえびえ)として高い城(しろがき)を払う
近くに看る螺(ほらがい)のような髻(やま)は烟(もや)を含んで暗く
遥かに聞く鯨(おおき)な波は岸を拍(う)って鳴る
雁(かり)は秋の寒さを避けて渾(なお)意(こころ)が有り
月は天(そら)外(たか)く浮かび却(かえ)って無情である
詩を敲(なお)すのに了(おわ)り難(がた)い今宵(こよい)の趣(おもむき)
点(かざり)を綴(つ)けるのには還(また)麹生(さけ)を藉(そ)えようか
山居
松陰幽処曲渓辺
深結茅廬晨夕禅
鳥宿柴門恒出入
雲侵竹榻任牽連
朝看野老鋤田畝
晩聞樵夫唱嶺巓
莫笑尋常人跡少
青山流水自悠然
山に居(す)む
松の陰の幽(おくぶか)い処(ところ)曲がった渓(たに)の辺(あた)りに
深く茅(かや)の廬(いおり)を結んで晨夕(あさゆう)禅(ぜん)をする
鳥は柴(しば)の門に宿って恒(つね)に出入りし
雲は竹の榻(いす)を侵(かす)めて牽(ひ)き連なる任(まま)である
朝には看る野老(のうふ)が田畝(たはた)を鋤(す)くのを
晩には聞く樵夫(きこり)が嶺の巓(いただき)で唱(うた)うのを
笑う莫(なか)れ尋常(いつも)人跡(ひとあと)が少ないと
青い山と流れる水と自(おの)ずから悠然(ゆったり)としている
寒月即事(二首)其一
寥落寒風過客楼
黄昏独立漫凝眸
砧声敲破関山月
一片冰心万里愁
寒い月に即(つ)いての事(二首)其の一
寥(さび)しく落(ひっそり)とした寒い風が客(たび)の楼(ろう)を過ぎる
黄昏(たそがれ)に独り立って漫(そぞ)ろに眸(ひとみ)を凝(こ)らす
砧(きぬた)の声(おと)が敲(たた)き破る関山(わかれ)の月
一片(ひとかけら)の冰(きよらか)な心が万里(ふるさと)を愁(おも)う
游龍洞寺(二首)其二
江流四遶一山浮
疑見蒼茫繋舸舟
湖曠無従尋范蠡
林深何処覓巣由
寺依龍洞鳥鳴少
門対虎渓花径幽
借問上人平日事
白雲堆処独遨遊
龍洞寺(りゅうどうじ)に游(あそ)ぶ
江(かわ)の流れが四(まわり)を遶(めぐら)し一つの山のように浮かぶ
疑って見る蒼(あおあお)とした茫(うみ)に舸舟(ふね)を繋(つな)でいるのではと
湖は曠(ひろ)くて従(よ)るところが無く范蠡(ハンレイ)を尋ねられない
林は深くて何処(どこ)に巣由(ソウユウ)を覓(もと)めようか
寺は龍の洞(あな)に依(よ)りそって鳥の鳴くことが少なく
門は虎の渓(たに)に対(むか)って花の径(こみち)は幽(しずか)である
上人(しょうにん)に借問(しつもん)する平日の事を
白い雲の堆(つ)もる処で独り遊び遨(たのし)でいると