表紙  前文  程順則  程摶萬  蔡温  蔡鐸  曽益  周新命  蔡文溥  蔡肇功



蔡文溥(さいぶんぷ)

 

 初春過仙霞関

雄関千仭與霄隣

鎖鑰南天護八閩

遊子過時梅正白

看花一路喜逢春

 

 初春に仙霞関(センカカン)を過ぎる

雄(いさま)しい関は千仭(二千メートル)で霄(そら)の隣(となり)

鎖(くさり)と鑰(かぎ)は南の天(そら)をついて八閩(ハチビン)を護る

遊子(たびびと)が過ぎる時に梅は正に白く

花を看る一つの路に喜んで春に逢う

 

 上巳同諸友集飲江楼

幾年北闕苦淹留

詔許辞帰到駅楼

花柳多情逢客笑

山川有意待人遊

蘭亭勝事雖難継

瓊水風光尚未収

相対一樽期尽酔

当歓又動故園愁

 

 上巳(もものせっく)に諸友(ともだち)と同(いっしょ)に江(かわ)の楼(ろう) 

 に集まって飲む

幾年(なんねん)も北闕(ペキン)に淹(なが)く留(とどま)ることに苦しみ

詔(みことのり)で辞(や)めて帰ることを許されて駅の楼(ろう)に到(く)る

花と柳は情(こころ)を多くして客(たびびと)に逢って笑い

山と川にも意(こころ)が有って人(たびびと)を待って遊ぶ

蘭亭(ランテイ)の勝れた事(できごと)は継ぎ難(がた)い雖(けれど)も

瓊水(ケイスイ)の風と光は尚(なお)未(いま)だに収(かわ)らない

一つの樽(たる)に対(む)かい相(あ)って期(おも)うのは酔い尽(つく)すこと

歓(よろ)こぶに当たって又(また)動くのは故園(ふるさと)への愁(おも)い

 

 江楼新晴

客楼初霽望郊原

樹色蒼蒼鎖石門

野水光浮新柳岸

残霞遠落白雲村

江辺漁笛吹沙鳥

沢畔狂歌送嶺猿

宿雨漸収岩壑秀

擬移軽屐問桃源

  

 江(かわ)の楼(ろう)が新たに晴れる

客(たび)の楼(ろう)が初めて霽(は)れて郊(そと)の原(のはら)を望む

樹(き)の色は蒼蒼(あおあお)として石の門を鎖(とざ)す

野の水は光りに浮いて新しい柳の岸

残りの霞(かすみ)は遠くに落ちて白い雲の村

江(かわ)の辺(ほと)りの漁笛(いさりぶえ)は沙(すな)べの鳥を吹いて

沢の畔(ほとり)の狂歌(こっけいなうた)は嶺の猿を送る

宿の雨は漸(だんだん)と収まって岩の壑(たに)が秀(そび)え

擬(に)ている軽い屐(はきもの)を移して桃源(りそうきょう)を問(たず)ねるのに

 

 秋夜懐友

風満江楼月満林

悲秋宋玉最難禁

蕭疎雁影庭前過

断続蛩声夜半吟

星斗漸移天欲暁

灯火落尽酒頻斟

幽窓此際無人到

為憶相過話素心

 

 秋の夜に友を懐かしむ

風は江(かわ)の楼(ろう)に満ちて月は林に満ちる

秋を悲しむ宋玉(ソウギョク)は最も禁(たえ)ることが難しい  ※宋玉は屈原の弟子

蕭疎(ものがな)しい雁(がん)の影は庭の前を過ぎて

断続する蛩(こおろぎ)の声は夜の半ばに吟(な)く

星斗(ほしぼし)は漸(だんだん)移り天(そら)は暁(あかつき)に欲(なろ)うとも

灯火(ともしび)が落ち尽(つく)しても酒は頻(しき)りに斟(く)む

幽(ひっそり)とした窓と此の際(きわ)に人が到(く)ることは無く

為(だか)ら憶(おも)う相(いっしょ)に過ごし素(す)の心を語るのを

 

 春日病窓書懐

因痾解組久辞朝

十載江頭臥聴潮

半篋詩書供蠧尽

百年心事向雲消

頻将竹葉鎖愁思

時託糸桐破寂寥

最是不堪腸断処

杜鵑枝上泣通宵

 

 春の日に病の窓で懐(おもい)を書く

痾(やまい)に因(よ)り組(しごと)を解(や)めて久しく朝(せいじ)を辞(さ)る

十載(じゅうねん)江(かわ)の頭(ほとり)に臥(ふ)して潮を聴く

篋(はこ)の半(なか)ばの詩と書(ほん)は蠧(しみ)と供(とも)に尽(つ)きて

百年の心の事(できごと)は雲に向かって消える

頻(しき)りに竹葉(あわもり)を将(も)って愁いと思いを閉ざし   ※竹葉は泡盛。

時には糸桐(こと)に託して寂寥(さびしさ)を破る          ※糸桐は琴。

最(たしか)に是(そう)である腸の断たれるのに堪えられない処(ところ)

杜鵑(ほととぎす)は枝の上で宵通(よどお)し泣く

 

 石鼓秋雲

石鼓秋深淡更幽

白雲一望眼中収

風生海角飛涛急

雨過巌頭作瀑流

処処嵐光環客坐

声声林鳥喚人遊

怡情山水帰忘晩

月送鐘声出古邱

 

 石鼓(セッコ)の秋の雲

石鼓(セッコ)の秋は深く淡く更に幽(おくゆか)しい

白い雲を一たび望むと眼中に収められる

風は海の角(すみ)より生まれ涛(なみ)を飛ばして急ぎ

雨は巌(いわ)の頭を過ぎて瀑(たき)と作(な)って流れる

処処(ところどころ)の嵐のような光は客(たびびと)の坐を環(めぐ)り

声声(こえごえ)の林の鳥は人の遊びを喚(よ)ぶ

怡(たのし)む情(こころ)は山と水のなか帰るのを忘れて晩となり

月が鐘の声を送って古い邱(おか)を出る

 

 秋堞

不逐春光入上林

菊花三径最関心

枝頭莫是荘生夢

栩栩風生冷露深

 

 秋の蝶

春の光を逐(お)わずに上(こうてい)の林(その)に入る

菊の花の三つの径(こみち)が最(もっと)もな関心

枝の頭に是(これ)は莫(な)い荘(ソウジ)の夢に生まれることを   ※荘は荘子。

栩栩(よろこ)んで風は生まれ冷たい露は深い

 

 喜雨(五首)其一

旱魃為殃久似焚

甘露今見喜紛紛

苗承潤沢回青色

草得沾儒染緑紋

憂国君主応解慍

務農田父已生欣

吾邦喜雨亭新築

欲請欧公作記文

 

 雨を喜ぶ(五首)其の一

旱魃(かんばつ)が殃(わざわい)と為(な)って久(なが)く焚(た)くのに似ている

甘(めぐ)みの露(あめ)を今見て紛(まぎ)れ紛(みだ)れて喜ぶ

苗は潤沢(うるお)いを承(う)けて青色に回(かわ)り

草も沾儒(うるお)いを得て緑の紋(あや)に染まる

国を憂(うれ)える君主は応(ほんとう)に慍(うら)みが解(と)けて

農を務(いとな)む田父(のうふ)には已(すで)に欣(よろこ)びが生まれる

吾が邦(くに)は雨に喜び亭(いえ)を新築し

欧公(オウコウ)に請(おねがい)欲(し)て記(きねん)の文(ぶん)を作らせる

       ※欧公は欧陽修のことであるが、ここでは欧公のような名文家という意味。

 

 同 其三

雲出江山入太空

散為霡霂逐東風

蛟龍已渙垂天沢

鶯燕同吟匝地功

片片花開青野外

茸茸草満緑池中

労心不要糸毫力

佇見西郊兆歳豊

 

 同 其の三

雲は江(かわ)と山を出て太空(おおぞら)に入り

散って霡霖(こさめ)と為(な)って東の風に逐(したが)う

蛟(おおきなへび)と龍は已(すで)に渙(あきら)かに天の沢(めぐみ)を垂れ

鶯(うぐいす)や燕(つばめ)は同(とも)に吟(な)く匝(すべ)ての地の功(わざ)

片(ひとひら)片(ひとひら)と花は開く青い野の外

茸(しげしげ)茸(しげしげ)と草は満つ緑の池の中

心を労しても要らない糸と毫(け)のような力

佇(たたず)んで見る西の郊(むら)の歳の豊かな兆(きざし)

 

 同 其五

東風三日沛甘露

論価無貲直雨金

禾黍更青盈隴畝

竹松添翠満山林

園中潤気催花発

檻外繁声促鳥吟

静聴巌泉鳴漸大

愁塵洗尽起歓心

 

 同 其の五

東の風が三日で甘(めぐみ)の露(あめ)を沛(ふ)らす

価(あたい)を論じても貲(あがな)うものが無く雨は金に直(あた)いする

禾(いね)と黍(きび)は更に青く隴畝(うねうね)に盈(み)ち

竹と松は翠(みどり)を添えて山と林に満ちる

園(その)中の潤(うるお)う気(くうき)は花が発(ひら)くのを催(うなが)し

檻(てすり)の外の繁(しげ)る声は鳥が吟(な)くのを促(うなが)す

静かに巌(いわ)の泉を聴くと漸(しだい)に大きく鳴き

愁いや塵は洗い尽されて歓(よろこび)の心が起こる

 

 寄奥山陰隆寺心海上人

吾師建刹祝君主

卓錫名山作道場

蛇引子孫帰別洞

鴎呼儔侶泛前塘

疎鐘遠鳥塵埃絶

古柏当窓景物涼

幾欲紀遊遊未得

夢魂先已到経堂

 

 奥武山(おうのやま)の陰隆寺(いんりゅうじ)の心海上人(しんかいしょうにん)に

 寄せる

吾が師が刹(てら)を建てて君主を祝う

錫(しゃく)を卓(た)てて名山の道場と作(な)る   ※錫は錫杖(しゃくじょう)。

蛇(ハブ)は子孫を引(ひ)きいて別の洞(あな)に帰り

鴎(かもめ)は儔侶(ともだち)を呼んで前の塘(いけ)に泛(うか)ぶ

疎(ひっそり)とした鐘と遠くの鳥は塵埃(せけん)を絶(た)ち

古い柏(まつ)は窓に当たって景物(けしき)が涼しい      ※柏はここでは松。

幾(いく)ども紀遊(たずね)欲(た)いと未(いま)だに遊び得ないで

夢の魂(おもい)で已(ま)ず先に経堂に到(はい)る

 

同楽苑八景

 延賢橋

江芷汀蘭映水青

風飄香気到前庭

曽伝東閣招賢地

可勝圜橋聚徳星

 

 賢(りっぱなひと)を延(まね)く橋

江(かわ)の芷(よろいぐさ)や汀(みずぎわ)の蘭は水に映って青く

風は香気を飄(ただよわ)せて前の庭に到る

曽(かつ)て伝(い)う東の閣は賢(けんじん)を招く地であると

勝(まさ)る可(べ)きことに圜(まる)い橋は徳のある星(ひと)を聚(あつ)める

 

 恤農壇

明王軫念草莱民

時上農壇望畝頻

省斂省耕行補助

海邦無島不生春

 

 農(のうみん)を恤(ねぎら)う檀(さいだん)

明(すぐれ)た王は念(こころ)を軫(いた)めて草莱民(のうみん)をおもう

時(いつ)も農檀(さいだん)に上って畝(たはた)を頻(しき)りに望む

斂(とりいれ)を省(み)たり耕すのを省(み)たりして補助を行なう

海邦(おきなわ)には春が生まれない島は無い

 

 望春台

台上新晴宿霧披

鸞旗掩映日遅遅

春和淑気催黄鳥

正是農工播種時

 

 春を望む台

台の上は新たに晴れて宿っていた霧も披(は)れる

鸞(こくおう)の旗は掩(おお)い映(ひるがえ)って日は遅遅(のどか)である

春は和やかで淑(おだやか)な気(くうき)が黄鳥(うぐいす)を催(まね)く

正に是(いま)は農工(のうふ)が種を播(ま)く時である

 

 洗筆塘

一曲銀塘供洗筆

光浮星斗自成文

金鱗列隊争呑墨

彷彿龍宮献彩雲

 

 筆を洗う塘(いけ)

一たび曲(ま)わり銀のような塘(いけ)で供に筆を洗う

光は星斗(ほしぼし)のように浮かび自(おの)ずから文と成る

金の鱗(うろこ)は隊を列(つら)ね争って墨を呑(の)む

彷彿(あたか)も龍宮で彩(いろど)りの雲(かみ)を献(けんじょう)するようだ

 

 観海亭

峰高路転欲凌雲

亭上風光自不群

縦目遠観滄海外

登臨何異読奇文

 

 海を観(み)る亭(いえ)

峰は高く路は転じて雲を凌(しの)ぐ欲(よう)だ

亭(いえ)の上からの風光(ふうけい)は自(どうして)も群(くらべ)るものがない

目を縦(ほそ)めて遠くの青い海の外を観(ながめ)る

登って臨めば何(どう)も奇(すぐれ)た文を読むのと異ならない

 

 翠陰洞

人間似隔紅塵外

錯認桃源有路通

陰鎖洞門間寂寂

惟余鶴夢月明中

 

 翠(みどり)の陰の洞(あな)

人の間(よ)と隔(へだ)たりが似ている紅塵(うきよ)の外

錯(まちがっ)て認(みてしま)う桃源(とうげんきょう)の路が有って通じるのかと

陰(ふか)く鎖(とざ)された洞(あな)の門は間(しずか)で寂寂(ひっそり)と

惟(た)だ鶴が夢を余(のこ)して月明りの中

 

 摘茶巌

香出瓊楼閬苑種

長承雨露葉蒼蒼

春来毎向巌頭摘

先製龍団献我王

 

 茶を摘む巌(いわ)

香りは瓊(うつく)しい楼(ろう)より出て閬(せんにん)の苑(その)の種のようだ

長く雨と露を承(う)けて葉は蒼蒼(あおあお)としている

春が来れば毎(いつ)も向かって巌(いわ)の頭(うえ)で摘む

先(ま)ず龍(おいし)い団(ちゃ)を製して我(わたし)の王さまに献(さしあげ)る

 

 種薬堤

聞道仙家延寿草

移栽堤上自成叢

莫教劉阮長来採

留與君主佐薬篭

 

 種薬堤(シュヤクテイ)

聞くと道(い)う仙家(せんにんのいえ)に寿(いのち)を延ばす草があると

移して堤の上に栽(う)えると自(おの)ずから叢(くさむら)と成る

教える莫(なか)れ劉阮(うらしまたろう)が来て長いあいだ採ってしまうから

留(た)めて君主に与え薬篭(くすりばこ)の佐(たすけ)にしよう

 

 徐太史枉過四本堂誌喜

閭巷蕭蕭一草堂

翹翹旌旆下寒郷

村僮也識朱輪客

咸道文星載路光

 

 徐太史(ジョタイシ)が枉(ま)げて四本堂(シホンドウ)を過ぎ喜びを誌(しる)す

閭巷(むらざと)の蕭蕭(ものさび)しい一つの草の堂(いえ)

翹(たか)く翹(なび)く旌旆(はたばた)が寒(さむざむ)しい郷(さと)を下る

村の僮(こども)也(でも)識(し)っている朱(しゅ)ぬりの輪(くるま)の客

咸(みな)が道(い)う文(ぶん)にひいでた星(ひと)が載って路が光っていると