表紙  前文  程順則  程摶萬  蔡温  蔡鐸  曽益  周新命  蔡文溥  蔡肇功



程順則(ていじゅんそく):名護親方寵文(なぐうぇえかたちょうぶん)

 

 東苑八景 其一

 

 東海朝㬢

 

宿霧新開敝海東

扶桑万里渺飛鴻

打魚小艇初移棹

揺得波光幾点紅

 

 東の苑(その)、八つの景色 その一

 

 東海の朝日

 

宿っていた霧が新たに開(ひら)けて海の東を敝(やぶ)る

扶桑(ひがしのうみ)の万里渺(かな)たに飛ぶ鴻(しろいとり)

魚を打つ小艇(こぶね)が初めて棹(さお)を移す

揺れて得る波の光と幾点かの紅(くれない)

 

 東苑八景 其三

 

 南郊麦浪

 

錦阡繍陌麗南塘

天気清和長麦秧

一自東風吹浪起

緑紋千頃映渓光

 

 東の苑(その)、八つの景色 その三

 

 南の郊(さと)の麦の波

 

錦のような阡(あぜみち)繍(ぬりと)りのような陌(あぜみち)麗しい南の塘(つつみ)

天気は清らかで和やか長い麦の秧(なえ)

一たび東自(か)ら風が吹いて浪が起こる

緑の紋が千頃[千畝(せんぽ)]渓光(たにがわのひかり)に映る

 

 東苑八景 其四

 

 北峯積翠

 

北来山勢独嵯峨

葱鬱層層翠較多

始識三春風雨後

奇峯如黛擁青螺

 

 東の苑(その)、八つの景色 その四

 

 北の峰に積もる翠(みどり)

 

北に来(あ)る山の勢いは独り嵯峨(けわし)く

葱鬱(こんもり)と層層(かさな)った翠(みどり)は多いことを較(あらそ)う

始めて識る三春が風雨の後にくることを

奇(めずら)しい峯は黛(まゆずみ)の如(よう)に青い螺(やま)を擁す

 

 東苑八景 其七

  

 松径涛声

 

行到徂徠万籟清

銀河天半早潮生

細聴又在高松上

葉葉迎風作水声

 

 東の苑(その)、八つの景色 その七

 

 松の径(こみち)の涛(なみ)の声(こえ)

 

行って徂徠(おか)に到(つ)くと万(すべ)ての籟(ひびき)が清々(すがすが)しい

銀河は天の半ばにあって早(あさ)の潮は生まれる

細かく聞こうと又高松の上に在る

葉葉は風を迎えて水の声を作る

 

 寄贈物外楼隠君子(四首)

   其一

閑居物外謝浮華

玩月題詩試露芽

聞道鴨川清且勝

羨君坐臥楽烟霞

 

 物外(ぶつがい)という楼(ろう)に隠れすむ君子に寄贈する(四首)

   其の一

物外(ぶつがい)に閑(しず)かに居(すん)で浮華(うきよ)を謝(すご)す

月を玩(たの)しみ詩を題(つく)り露芽(おちゃ)を試(の)む

聞くと道(い)う鴨川(かもがわ)は清く且(そし)て勝(まさ)ると

君を羨(うらや)む坐(すわ)り臥(ね)ころび烟霞(けしき)を楽しむのを

 

 「同」其二

幽韻蕭然迥出塵

野鴎江鷺日相親

楼頭半榻高懸處

山水清暉護主人

 

 「同」其の二

幽(かすか)な韻(ひびき)が蕭然(さび)しく迥(とお)く塵(せけん)を出(で)る

野の鴎(かもめ)江(かわ)の鷺(さぎ)が日々相(とも)に親しむ

楼(ろう)の頭(へや)半榻(こしかけ)が高く懸(お)かれる處(ところ)

「山水は清く暉(かがや)く」のがくが主人を護(まも)る

 

 瓊河発棹

朝天画舫発瓊河

北望京華雨露多

従此一帆風送去

扣弦斉唱太平歌

 

 瓊河(ケイガ)に棹(さお)を発(さ)す

天(こうてい)に朝(あ)う画(かざ)り舫(ぶね)が瓊河(ケイガ)を発(た)つ

北に京華(ペキン)を望めば雨露(あめつゆ)が多い

此(ここ)従(よ)り一たび帆をあげ風に送られて去る

舷(ふなべり)を扣(たた)いて斉唱する太平の歌

 

 黯淡灘(二首)其二

不怕灘水満

只愁竹纜断

把得此心牢

過灘自平坦

 

 黯淡灘(アンタンダン)(二首)其の二

怕(おそ)れない灘(なだ)の水が満ちるのを

只(ただ)愁(うれ)う竹の纜(つな)が断つことを

把(とら)えて得る此の心の牢(かた)いことを

灘(なだ)を過ぎて自(おの)ずから平坦(へいたん)

 

 蕪城懐古(二首)其一

隋帝豪華蔓草中

蕭条二十四橋風

鴉翻廃苑香雲散

龍去長江錦水空

祇有山川留勝蹟

更無父老説行宮

瓊花冷落蛾眉老

愁見蕪城夕照紅

 

 蕪(あ)れた城(しろ)の懐古(かいこ)(二首)其一

隋(ズイ)の帝(こうてい)の豪華さは蔓草(つるくさ)の中

蕭条(ものさび)しい二十四の橋をふく風

鴉(からす)は廃(あ)れた苑(その)を翻(と)び香(かお)る雲(はな)は散る

龍は長江を去って錦の水は空(むな)しい

祇(た)だ有るのは山川に勝れた蹟(あと)を留めること

更に無いのは父老(としより)が行(な)き宮(みやこ)を説(かた)ること

瓊(うつく)しい花(はな)は冷たく落ち蛾眉(びじん)は老いる

愁えて見る蕪(あ)れた城に夕(ゆうひ)が照って紅(あか)いのを

 

 渡黄河

黄河秋色満

喜是大清時

源自崑崙出

山従砥柱支

瀠斜塞雁

奔放走雲螭

九里看新潤

三門遡旧基

朝宗帰海疾

鼓浪到天奇

舟楫空中度

星辰水面移

廻瀾衝柁急

落葉帯烟披

大勢呑秦障

豊功勒禹碑

東溟思献雉

渉此敢云疲

 

 黄河を渡る

黄河(コウガ)は秋の色に満ち

是(こ)こに喜ぶ大(おお)いなる清(シン)の時(じだい)

源(みなもと)は崑崙山(コンロンザン)より出て

山は砥柱(シチュウ)従(よ)り支(わか)れる

瀠(めぐ)り(まわ)り斜めに塞(ふさ)がる雁(がん)

奔放(ほんぽう)として雲を走る螭(りゅう)のよう

九里(みやこ)が新しく潤うのを看て

三門(サンモン)の旧(ふる)い基(いしずえ)を遡(さかのぼ)る

宗(うみ)に朝(あつま)り海に帰って疾(はや)く

浪(なみ)を鼓(う)ち天に到(いた)って奇(ま)れ

舟楫(ふなかじ)は空中を渡り

星辰(ほしぼし)は水面を移る

廻(さかま)く瀾(なみ)は柁(かじ)を衝(つ)いて急(はげ)しく

落ち葉は烟(もや)を帯て披(ひろ)がる

大(おお)いなる勢いは秦(シン)の障(やま)を呑(の)み

豊(ゆた)かなる功(こうせき)は禹(ウ)の碑に勒(ほ)られている

東の溟(うみ)が雉[忠節(ちゅうせつ)]を献じることを思い

此(こ)こを渉(わた)って敢(あ)えて云(こ)こに疲れる

 

 京邸中秋

秋光此夜十分清

大地河山尽水晶

況復西征新奏凱

歓声月色満皇城

 

 京(ペキン)の邸(やしき)の中秋

秋の光の此(こ)の夜は十分に清らか

大地も河も山も尽(ことごと)く水晶

況(まし)て復(なお)西の征(たたかい)新たに凱(かちどき)を奏(かな)で

歓(よろこ)びの声と月の色(ひかり)が皇(こうてい)の城に満ちる

 

 都門九日

神京宮闕繞長濠

碧漢雲清望彩旄

暁露噴黄仙菊潤

秋山含紫帝城高

応知名士登台楽

最説陪臣作賦豪

聖代即今声教遠

捜奇何用更題餻

 

 都(みやこ)の門の九日

神京(ペキン)の宮(みやこ)の闕(もん)は長い濠(ほり)を繞(めぐ)らし

碧(あおぞら)と漢(あまのがわ)に雲は清く彩(いろどり)ある旄(はた)を望む

暁の露は黄(きいろ)を噴いて仙(いさぎよ)い菊は潤い

秋の山は紫を含んで帝(こうてい)の城は高い

応(まさ)に知る名士が台に登る楽しさを

最も説(よろこ)ぶ陪臣(ばいしん)が賦(ふ)を作る豪(こころよ)さを

聖代(おおいなるよ)は即今(いままさ)に声(こえ)の教(おし)えは遠くまで

奇(めずらし)さを捜(もと)めて何を用(す)るのか更に餻(こう)という題まで

 

 午門頒幣

鴻臚高唱午門開

幣帛鮮新簇帝台

花織一枝梭幾転

糸牽五色絡千廻

黄金榜映雲霞燦

赤羽旂飄錦繍堆

東海君臣何以報

承恩競捧出蓬莱

 

 午(うま)の門(もん)で幣(ひきでもの)を頒(たまわ)る

鴻臚(コウロ)で高く唱えると午(うま)の門が開き

幣帛(ひきでもの)は鮮やかに新しく帝(こうてい)の台に簇(なら)ぶ

花織りの一枝(ひとえだ)は梭(ひ)が幾(いく)ども転(まわ)り

糸は五色を牽(ひ)いて絡(から)み千(せん)ども廻(まわ)る

黄金の榜(ふだ)に映(うつ)る雲霞(うんか)は燦(かがや)き

赤い羽の旂(はた)は飄(ひるがえ)って錦の繍(ぬいと)りは堆(うずたか)い

東海の君臣は何を以(も)って報いようか

恩を承(う)け競って捧げて蓬莱(ゆみのくに)を出る

 

 維揚遇雪

匹馬維揚道

霏霏覚惨凄

凍雲凝廃井

衰柳軟長堤

帽重簷低圧

鞭軽手莫携

漫言歌白雪

客裏補詩題

 

 維揚(イヨウ)で雪に遇(あ)う

いっ匹の馬が維揚(イヨウ)の道をゆく

霏霏(はげ)しく惨凄(いたまし)さを覚える

凍(こお)った雲は廃(あ)れた井(いど)を凝(こお)らせ

衰えた柳は長い堤に軟(たれ)ている

帽(ぼうし)は重く簷(ひさし)は低く圧(おさ)れ

鞭(むち)は軽いが手に携(も)て莫(な)い

漫(とりとめな)い言(ことば)は白雪を歌い

客(きゃく)の裏(あいだ)詩の題に補う

 

 姑蘇省墓(二首)其一

労労王事飽艱辛

嬴得荒碑記故臣

万里海天生死隔

一時父子夢魂親

山花遥映啼鵑血

野蔓猶牽過馬身

依恋孤墳頻慟哭

路傍樵客亦沾巾

 

 姑蘇(コソ)で墓を省みる(二首)其の一

王(おう)の事(しごと)に労労(つか)れ艱(なや)み辛(くる)しみに飽きて

嬴(か)ち得たものは荒れた碑に記された「故臣」のみ

万里の海と天は生死を隔てても

一時(いつ)も父子(おやこ)の夢と魂は親しい

山と花は遥かに映り鵑(ほととぎす)は血をはいて啼(な)く

野の蔓(つる)は猶(いつまで)も牽(ひ)く過ぎゆく馬の身(からだ)を

孤(ひっそり)とした墳(はか)に依(よ)って恋(いと)しみ頻(しき)りに慟哭

路(み)ちの傍(わき)の樵客(きこり)も亦(また)巾(てぬぐい)を沾(ぬ)らす

 

 「同」其二

忍看霜露下蘇州

十四年中涙復流

鹿走山前松径乱

烏啼碣上墓門秋

凄凉異地封孤骨

慙愧微官拝故丘

過此不知何日到

茫茫滄海望無由

 

 「同」其の二

忍んで看(み)る霜露(しもつゆ)の蘇州(ソシュウ)に下るを

十四年の中(あいだ)涙が復(ま)た流れる

鹿は山の前を走り松の径(こみち)は乱れ

烏(からす)は碣(ぼひ)の上で啼いて墓の門には秋

凄(さび)しく凉(つめ)たい異(よそ)の地(くに)に孤(ひと)り骨を封(うず)め

慙(くや)み愧(は)じる微(わずか)な官(くらい)故(ちち)の丘(はか)に拝する

此(ここ)を過ぎれば知らず何日(いつのひ)にまた到(く)るのかを

茫茫(ぼうぼう)とした滄(あお)い海は望む由(よし)が無い

 

 胥門弔古

闔閭城上哭忠魂

臣妾雖帰薪胆存

抉目未寒呉已沼

凄凉風雨過胥門

 

 胥門(ショモン)で古(むかし)を弔(とむら)う

闔閭(コウリョ)の城の上で忠魂を哭(なげ)く

臣となり妾(めかけ)と帰る雖(けれど)も薪(たきぎ)と胆(きも)は存(のこ)る

抉(えぐ)った目が未(ま)だ寒(さ)めないのに呉(ご)は已(すで)に沼となる

凄(さびし)く凉(つめ)たい風雨は胥門(ショモン)を過ぎる

 

 拝林和靖先生墓

千古孤山千古人

不教妻子落風塵

眼看多少麒麟臥

独有先生墓草新

 

 林和靖(リンナセイ)先生の墓に拝する

千の古(むかし)に孤(ひと)り山となる千の古(むかし)の人

妻子はもたず教(おし)えず風(せけん)の塵に落ちることを

眼(め)に看(み)る多少(いまも)麒麟(きりん)が臥(ふ)すのを

独(ひと)り先生の墓が有り草は新しい

 

 過蘇小墓

桃花西冷夕陽低

香塚烟深鳥乱啼

我為蛾眉傷薄命

一鞭含涙過湖西

 

 蘇小(ソショウ)の墓を過ぎる

桃の花と西冷(セイレイ)に夕陽(ゆうひ)は低く

香る塚は烟(かすみ)が深く鳥は乱れ啼く

我は蛾眉(びじん)の為(ため)に薄命を痛む

一(ひと)つ鞭(むちう)ち涙を含んで湖西を過ぎる

 

 蘇堤観柳

種得濃陰緑過橋

風流応共柳蕭蕭

至今堤上留青眼

不向遊人闘舞腰

 

 蘇堤(ソテイ)に柳を観る

種(う)え得(お)かれた濃い陰と緑が橋を過ぎる

風流が応(まさ)に共にあり柳は蕭蕭(しょうしょう)

今に至っても堤の上に青(ここちよ)い眼(まなざし)を留める

遊人(たびびと)に向かって舞う腰を闘(いとわ)ない

 

 湖心亭

軽揺柔櫓上湖亭

南北峰高列翠屏

夾水蜃楼廻浪白

孤城雉堞擁潮青

棕櫚葉静林風軟

楊柳枝分岸雨停

暫息労生来此地

豁然如在夢中醒

 

 湖心亭(コシンテイ)

軽く揺らす柔らかな櫓(ろ)湖亭(コテイ)に上る

南北の峰は高く翠(みどり)の屏(びょうぶ)を列(なら)べる

水を夾(はさ)む蜃楼(しんきろう)は浪を廻(めぐ)らして白く

孤城の雉堞(ひめがき)は潮を擁して青い

棕櫚(しゅろ)の葉は静かで林の風は軟らかく

楊柳(やなぎ)の枝は分かれ岸の雨は停(と)まる

暫(しばら)く労(いたわ)しい生(じんせい)を息(やす)めようと此の地に来て

豁然(からっ)として夢の中に在(あ)って醒めた如(よう)である

 

 飛来峯(二首)其一

峰既能飛来

何不仍飛去

落落寺門前

誰人堪與語

 

 飛来峰(ヒライホウ)(二首)其の一

峰に既に能(よ)く飛んで来たのに

何(なぜ)仍(ま)た飛び去らないのか

落落(さびし)い寺の門の前

誰(ど)の人が與(とも)に語ることに堪えられようか

 

 「同」其二

独立乱草中

無翼難高挙

今日湖西頭

相看吾與汝

 

 「同」其の二

独(ひと)り立つ乱れた草の中

翼が無く高く挙がることは難しい

今日は湖の西の頭(ほとり)

相(たが)いに看るのは吾(わたし)と汝(あなた)

 

 仙霞嶺観梅

璽書高捧上仙霞

曲磴紆廻路転賖

鎖鑰千層高挿漢

風烟夾道倒飛沙

嶺頭花待遊人賦

雪裏香随使者車

過此仍為閩嶠客

不堪聞雁更思家

 

 仙霞嶺(センカレイ)で梅を観る

璽(こうてい)の書(ちょくしょ)を高く捧げて仙霞(センカ)に上る

曲がった磴(いしのみち)は紆(めぐ)り廻(めぐ)り路は転じて賖(はるか)

鎖鑰(かぎ)のように千の層は高く漢(あまのがわ)を挿(さ)し

風と烟(かすみ)は道を夾(はさ)んで倒(さかさま)に沙(すな)を飛ばす

嶺の頭(いただき)の花は遊人(たびびと)が賦(ふ)をするのを待ち

雪裏香(うめのはな)は使者の車に従う

此(ここ)を過ぎても仍(な)お閩嶠(ビンキョウ)の客であり

聞くに堪えられない雁は更に家(こきょう)を思う