表紙  前文  程順則  程摶萬  蔡温  蔡鐸  曽益  周新命  蔡文溥  蔡肇功



蔡鐸(さいたく)

 

 瓊河発棹留別閩中諸子

裘馬如雲送客船

簡書遥捧出閩天

驪歌古駅三杯酒

帆挂空江五月烟

別涙已随流水去

離情不断遠山連

故人若憶西窓話

極目燕台路八千

 

 瓊河(ケイガ)で棹(さお)を発(た)て閩(ビン)の中の諸子と留別(りゅうべつ)

裘(きもの)と馬が雲の如(よう)に客船を送る

簡書(ぶんしょ)を遥かに捧げて閩(ビン)の空を出る

驪(わかれ)の歌古(ふる)い駅(みなと)三杯(わかれ)の酒

帆を空と江(かわ)に挂(か)けると五月の烟(もや)

別れの涙は已(すで)に流れる水に随って去り

離れる情(なさけ)は断たず遠い山に連なる

故(むかし)の人の「西窓(せいそう)の話」を憶(おも)う如(よう)で

目を極めると燕台(ペキン)の路は八千(とお)い

 

 囦関夜泊

今夜囦関泊

其如孤客何

飛烟帆影乱

明月水声多

鳥倦投青嶂

江空見碧波

太平舟楫隠

杯酒聴漁歌

 

 囦関(エンカン)にて夜に泊る

今夜囦関(エンカン)に泊る

其れは孤(さび)しい客が何もできない如(よう)である

飛ぶ烟(もや)で帆影は乱れ

明るい月に水の声のみが多い

鳥は倦(あ)きて青い嶂(みね)に投(に)げ

江(かわ)は空(むな)しくは碧(みどり)の波が見える

太(ふと)く平(たい)らで船の楫(かじ)も穏やかで

酒を杯(く)み漁歌を聴く

 

 遊西湖(二首)其一

曾伝西子湖中勝

今日来遊見所聞

満地寒梅和靖骨

経霜古樹岳王墳

六橋楊柳披残照

三竺清鐘湿暮雲

水気年年香不散

青衫泛艇自氤氳

 

 西湖に遊ぶ(二首)其の一

曾(かつ)て伝(い)う「西子湖中(せいしこちゅう)」の勝(すぐ)れ

今日(こんにち)来て遊びながら聞く所を見る

地を満たす寒梅(かんばい)は和靖(ナセイ)の骨なのだろう

霜を経た古い樹のあたりは岳王(ガクオウ)の墳(はか)

六つの橋の楊柳(やなぎ)は残照を披(ひら)いて

三竺(サンジク)の清い鐘は暮れの雲を湿(しめ)らす

水の気は年々香りを散らさず

青い衫(きもの)で艇(ふね)を泛(うか)べれば自(おの)ずから氤氳(こうば)しい

 

 同 其二

清風軽艇泛西湖

湖上人呼酒再沽

十里柳堤双槳曲

半波僧語一鐘孤

古今過客多詩賦

花鳥逢春見画図

放鶴庭前梅未老

好題新句吊林甫

 

 同 其の二

清い風に軽い艇(ふね)を西湖(セイコ)に泛べ

湖上で人が呼び酒を再び沽(か)う

十里の柳の堤で双槳曲(ふなうた)

波の半(なか)で僧が語り一つの鐘が孤(ひっそ)り

古(むかし)も今も過ぎゆく客は詩賦が多く

花も鳥も春に遭うと画図に見える

鶴を放(はな)った庭の前に梅は未だ老いず

好(よ)く新句を題して林甫(リンポ)を吊(とむら)う

 

 遊江天寺

金山四面鎖清江

碧漢虚懸過客艭

烟雨長飛仙子閣

渓雲時繞法王幢

疎林孤磬凌空響

斜日軽鴎映水双

叡藻留題堪不朽

夜深読罷剔銀ス

 

 江天寺(コウテンジ)に遊ぶ

金山(キンザン)は四面を清(うつくし)い江(かわ)に鎖(かこま)れ

碧(みどり)の漢(ぎんが)が虚(はてしな)く懸かり客の艭(ふね)が過ぎる

烟(かすみ)のような雨が長く飛ぶ仙子(せんにん)の閣(ろうかく)

渓(たに)の雲は時に繞(めぐ)らす法王(てら)の幢(はた)

疎(しず)かな林に孤(ひっそ)りとした磬(おと)が空を凌(しの)いで響く

斜(かたむ)いた日に軽(かろ)やかな鴎(かもめ)が水に双(ふた)つ映る

叡藻(こうていのうた)は題を留(とど)めて不朽に堪(た)える

夜深くに読み罷(お)えて銀ス(ともしび)を剔(け)す

 

 西湖看梅

梅有孤山骨

看来不改芳

自嫌三楚媚

豈作六朝香

月径浮氷魄

霜天淡暁粧

橋辺桃柳色

零落怨蕭郎

 

 西湖(セイコ)に梅を看る

梅に孤山(コザン)の骨が有り

看て来ると芳(かぐわ)しさを改めない

自ら嫌(きら)う三楚(サンソ)に媚(こ)びるのを

豈(どうし)て六朝(リクチョウ)の香りを作ろうか

月の径(こみち)は浮いた氷の魄(かたまり)

霜の天(そら)は淡い暁の粧(よそお)い

橋の辺りは桃や柳の色

零(しぼ)れ落ちて蕭郎(たびびと)を怨(うら)む

 

 暁発蘭渓

客舟春暁出蘭渓

極目雲山與水斉

人語櫓声江上下

還聞楊柳有鶯啼

 

 暁に蘭渓(ランケイ)を発(た)つ

客(たびびと)の舟は春の暁(あかつき)に蘭渓(ランケイ)を出る

目を極めれば雲と山は水に斉(ひと)しい

人の語(はなし)と櫓(ろ)の声(おと)が江(かわ)に上下する

還(ま)た聴く楊柳(やなぎ)に鶯(うぐいす)が啼くのが有る