表紙  前文  程順則  程摶萬  蔡温  蔡鐸  曽益  周新命  蔡文溥  蔡肇功



周新命(しゅうしんめい)

 

 釣龍台懐古

江上荒台落日辺

不知龍去自何年

殿檐花満眠鼯鼠

輦道苔深哭杜鵑

遺事有時談野老

断碑無主臥寒煙

凄然四望春風路

縦是鶯声亦可憐

 

 釣龍台(チョウリュウダイ)で古(むかし)を懐しむ

江(かわ)の上の荒れた台は落ちる日の辺(あた)り

知らず龍が去って自(よ)り何年

殿(たてもの)の檐(ひさし)は花が満ちて鼯鼠(むささび)が眠り

輦(くるま)の道は苔が深く杜鵑(ほととぎす)が哭(な)く

遺(のこ)る事(はなし)は有る時に野(いなか)の老(としより)が談(はな)し

断(か)けた碑は主(あるじ)が無く寒い煙(もや)に臥(ふ)している

凄然(さび)しい四望(けしき)は春風の路

縦(たと)え是(ここ)に鶯(うぐいす)の声があっても亦(さら)に憐(あわれ)

 

 登石鼓屴崱峰

独立閩山第一峰

悠然四望海天空

凌雲間倚千秋石

払袖時来万里風

古堞迷茫飛鳥下

故園隠現暮煙中

喜今近遠波涛静

共仰車書万国同

 

 石鼓(せっこ)すなわち屴崱峰(リョクショクホウ)に登る

独り立つ閩(ビン)の山の第一の峰

悠然として四(し)ほうを望むと海と天(そら)は空(なにもな)い

雲を凌(しの)いで間(しずか)に倚(よ)ると千秋(せんねん)の石である

袖を払って時に来る万里の風

古い堞(かき)は迷い茫(さまよ)う飛ぶ鳥の下

故園(こきょう)は隠れ現れる暮れの煙(もや)の中

今を喜び近くも遠くも波涛(なみ)は静かで

共に仰ぐ車も書も万国みな同じ

 

 寄程寵文

與子握手別

愁心繞故郷

駅亭花逕冷

江路草橋荒

客夢随山月

渓声落雪堂

故人如問我

万里一空嚢

  

 程寵文(ていちょうぶん)に寄せる ※程寵文は程順則のこと

子(あなた)と手を握って別れ

愁いの心は故郷に繞(まといつ)く

駅亭(エキテイ)は花の逕(こみち)が冷たく

江(かわ)の路は草の橋が荒れている

客(たび)の夢は山と月に随い

渓(たに)の声は雪の堂に落ちる

故(むかし)の人が如(も)し我(わたし)に問えば

万里は一つで空の嚢(ふくろ)である

 

 初冬晩眺

楼外煙光望渺茫

雲天万里起微霜

千山日落行人急

空有江声断客腸

 

 初冬の晩に眺める

楼(ろう)の外の煙と光を望めば渺(ひろ)く茫(はてしな)く

雲と天(そら)は万里かなたで微(わずか)な霜が起こる

千の山は日が落ちて行く人は急(いそ)ぎ

空しく江(かわ)の声(おと)が有って客(たび)の腸(はらわた)を断つ

 

 高楼遠眺寄懐旧友

一別家郷近五秋

高楼独倚望蘆州

緑堤鳥語驚残夢

隔水蒼葭憶旧遊

渺渺平沙迷野樹

蕭蕭落日帯孤舟

無情鴻雁音書杳

何日伝杯散客愁

 

 高い楼(ろう)より遠くを眺め懐かしい旧友に寄せる

一たび家と郷(ふるさと)を別れ五秋(ごねん)に近く

高い楼(ろう)に独(ひと)り倚(よ)って蘆州(ロシュウ)を望む

緑の堤の鳥の語(さえず)りは残った夢を驚かし

水を隔てた蒼(あお)い葭(あし)に旧(むかし)遊んだことを憶(おも)いだす

渺渺(はてしな)く平(たいら)な沙(すな)は野の樹に迷(かく)れ

蕭(ひっそり)と蕭(さびし)い落日に孤(ひと)つの舟が帯(う)かぶ

無情な鴻雁(わたりどり)は音(ことづて)も書(てがみ)も杳(も)たず

何(い)つの日に杯を伝えて旅の愁いを散らすのだろう

 

 九日登九仙観

当日仙人去不還

那堪重九独登山

風高落帽人何在

筆懶題餻句可刪

天外松涛吹梵響

空中閣影帯雲間

一従戯馬銷沈後

惆悵荒台夕照間

 

 九日に九仙観(キュウセンカン)に登る

当日の仙人は去って還らず

那(なん)で堪えよう重九[※重陽(ちょうよう)]に独り山に登るのを

風は高く帽(ぼうし)を落とした人は何(どこ)に在(い)る

筆は餻(こう)と題するのに懶(ものう)いが句は刪(ととのえ)る可(べ)きである

天(そら)の外の松涛(まつなみ)は梵(サンスクリット)のような響きを吹いて

空の中の閣(たてもの)の影は雲の間に帯(う)かぶ

一(ひと)り従(よ)る戯馬(ギバダイ)は銷沈(ものがな)しく後(お)え

惆(なげ)き悵(うら)む荒れた台は夕(ゆうひ)の照る間(あいだ)

 

 秋興

無辺木葉下秋風

楼外雲山四望中

満眼煙光都在菊

一林霜気半宜楓

離情毎向間中切

玄草還従酔後工

歳月易過生幻想

好携瓢笠訪崆峒

 

 秋の興(おもむき)

辺(かぎり)無い木の葉は秋風に下(お)ち

楼(ろう)の外の雲と山は四望(けしき)の中

眼(め)を満たす煙と光に都(すべ)て菊が在(あ)り

一つの林の霜の気は半(なか)ば楓(かえで)に宜(よろ)しい

離れる情(こころ)は毎(いつ)も向く間中(あいまあいま)に切(きびし)く

玄(くろ)い草は還(ま)た従う酔った後の工(わざ)のように

歳月は過ぎ易(やす)く幻想が生まれ

好んで瓢(ひょうたん)と笠を携えて崆峒(コウドウ)を訪ねる

 

 詠菊

老圃秋客迥出塵

疎疎落落有精神

孤芳似與春為姤

晩節偏宜月作隣

豈其佳人称彼美

恍疑高士是前身

自従彭沢帰来後

結伴東籬友逸民

 

 菊を詠(うた)う

老いた圃(のうふ)と秋の客(たびびと)は迥(はる)かに塵(せけん)を出て

疎疎(あらあら)しく落落(おおら)かで精神が有(みなぎ)る

孤(ひと)り芳(かぐわ)しく春に姤(うつく)しく為(な)るのに似て

晩節(としのくれ)に偏(ひたす)ら月の隣(とも)と作(な)るのに宜(よ)い

豈(はたし)て佳人(びじん)は彼(そ)の美を称(たたえ)るであろうか

恍(うっとり)として疑う高き士(くんし)が是(そ)の前身であることを

自(みずか)ら彭沢(ホウタク)従(よ)り帰って来て後(のち)

伴に東に籬(まがき)を結んで逸(かく)れた民を友とする